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 ちょっと捜し物でネットをブラウジングしていたら、たまたま昨日書いた「ザ・シンプソンズ」の声優変更に反対を掲げるサイトを発見。個人的にはこんなサイトがあったことに少しビックリ。実はこのようなサイトが出来るほど、日本に「ザ・シンプソンズ」ファンがいるとは思わなかったんですよ。少し前に「ザ・シンプソンズ」について調べたくて、執拗にググっても余り満足のいく日本語サイトが無くてがっかりしたのを覚えているくらい。日本においての「ザ・シンプソンズ」人気は内のかなと思った次第。

 もともと吹き替え版は観ないので、運動に参加することはないけれど、この運動には諸手を挙げて賛成。

-映画版「ザ・シンプソンズ」声優変更反対まとめサイト
-シンプソンズ映画版 声優陣変更にD'oh
-映画版「ザ・シンプソンズ」声優変更に反対するBLOG
-オリジナル声優での映画「ザ・シンプソンズ」公開を断固として要求する日記
-☆OH!シンプソンズ★DIARY☆
-映画版『ザ・シンプソンズ』あれこれ

和田アキ子が、所さん、淳、ベッキーとの日本版シンプソン一家を取り仕切る!シネマトゥデー

 以前、取り上げたが、「ザ・シンプソンズ ザ ムービー」の日本公開も決まったようで、シンプソンズファンの僕としてはうれしい限り。でも、シンプソンズって日本ではそんなにファンは多くないと思うけど、大丈夫なのかな。で、その声優陣を見て・・・・・

 DVDやテレビ放映は、本場の主人公ホーマーの声優の声質まで似ている大平透をはじめとしてプロの声優陣なのに対して、この映画版の声優陣は

ホーマー(主人公・一家のお父さん)・・・所ジョージ
マージ(ホーマーの妻)・・・和田アキ子
バート(長男)・・・田村淳
リサ(長女)・・・ベッキー


・・・ありえんだろ。特に一番問題なのが、マージ役の和田アキ子。マージはいわゆる良妻賢母のアメリカのお母さんのシンボルみたいな存在で、問題ばかり起こすシンプソンズファミリーの中での良識派。それが和田アキ子って何よ?本場の声優と同じややかすれた声と言う共通点しかないじゃん。つか、吹き替え版で声優以外を使うの止めようよ。やっぱりへたくそ。まあ、吹き替え版見ないから良いけど。

その猥雑さがこの映画の表現したいポイント★90点(100点満点)

 ちなみに鑑賞したのはUSAバージョン。コレには少し説明が必要かも。

 グラインドハウスとはアメリカで60~70年代にB級低予算の暴力・ホラー・エロスで満ちた映画を数本立てで上映していた映画館の総称で、この作品はその当時の雰囲気を再現することがこの映画でのテーマになっている。その構成は「プラネット・テラー」と「デス・プルーフ」の二作品に、本物の映画予告を模してグラインドハウスの世界を再現するため作られたダミー映画予告である「マチェーテ」「ナチ親衛隊の狼女」「Don't/ドント」「感謝祭」を加えた作品群を「グラインドハウス」として公開したもの。

 しかしながら様々な事情で(どうもアメリカでの興業が振るわなかったせいで)、アメリカ以外の国々では「プラネット・テラー in グラインドハウス」「デス・プルーフ in グラインドハウス」を別々の作品として公開している。しかし、クエンティン・タランティーノの好意で?、日本ではTOHOシネマズ 六本木ヒルズとTOHOシネマズ なんばの2館で8月末まで限定的にUSAバージョンバージョンとして、元々の作品のままを公開していたのが今回紹介する作品。それぞれの個々の作品は未見だが、インターネットの情報によると編集が違うらしい。

一つはフェイクの予告編の存在。なんでも「プラネット・テラー」に「マチェーテ」のフェイクの予告編が放映されるだけで、残りの予告は放映されないされないらしい。もう一つは「プラネット・テラー」「デス・プルーフ」の両作の中で、演出として「リール紛失の為」と断り書きにより意図的にカットされた部分を放映するらしい。「プラネット・テラー」では保安官の兄の店に生き残ったメンバーが集まり、ゾンビの攻撃を今まさに受けようとするところで、「デス・プルーフ」ではカート・ラッセル演じるスタントマンマイクに女性がラップダンスという、ストリップハウスで個別の客に踊る扇情的なシーンである。

 ただ、このように一つの作品を分割し公開されるのには作品としての質を破壊することにならないか心配。この作品の目的はグラインドハウスの雰囲気を再現することにある。その為に映像のためにわざわざ昔の映画に良くあったフィルムの傷やノイズを後から付け加えたり、先に述べたニセの予告編までつくり、更には意図的に映画の本編を「リール消失」としてわざわざシーンを欠落をさせているのである。この作品を見れば判るがその芸は細かく、B級ぽい映画を作りながらも予算はふんだんに使っている。にも関わらず、一つの作品としての「グラインド・ハウス」が二つの作品に分割され、ニセ予告編の大部分をカットすることは、グラインドハウスの雰囲気を壊し、ただのB級映画にしてしまう行為である。それぞれの個別バージョンは観ていないので論評は避けるが、USAバージョンバージョンを観たものとしては一番気になるところである。

▽▼ネタバレあり▽▼

ロボットV.S.ロボットはある意味新鮮かも★77点(100点満点)

 もともとタカラの変身ロボット玩具で、アメリカでアニメーション化され人気になった作品の実写版である「トランスフォーマー」。まあ、僕の世代は、そんなおもちゃよりもおそらく一世代前の超合金世代。昔のヒーローモノは(いまもだが)、主人公がロボットに乗り込んで、巨大化した敵のロボットや怪獣を倒すというのが黄金パターン。当時の巨大ロボットはものすごく無骨で、いかにも超合金で作られましたというシルエットになっている。しかもどのへんがどのようにだか判らないが超合金で、トランスフォーマーほどではないが、大体頭部・胸部胴体・足にそれぞれのパーツが分かれていて、それぞれが移動しやすいように、飛行形状(たいていは頭部)のモノや、車輪が付いて陸送型のそれぞれのパーツが、現場まで自走して現場に到着後変形し合体するのが、番組の見せ場なのである。それはアニメや特撮モノの垣根を越えたパターンだった日々があった。僕も大きくなって、さすがにその手のアニメや特撮モノを見なくなってから、それらが進化したのを記憶している。それぞれのパーツに翼や車輪が付いただけだったモノが、より車や飛行機に近いモノから変形するタイプや、更に進化したものでは鳥や猛獣の形状をしたモノが、変形し巨大ロボになったのまで登場したモノを見たことがある。トランスフォーマはそれらのアニメや特撮の商品化ではなくオリジナルだが、それでもそれらの系譜に位置づけられていることは確かで、進化の過程の一つであるといえるだろう。

 そもそもロボットキャラクター玩具が先行で、アニメもこの玩具のコンセプトを尊重しているためかロボット自身が意志を持った生命体となっている。オートボット(善)とディセプティコン(悪)に分かれ闘う内容になっている。映画では人間の主人公がいるが、玩具ではもちろん人間はそれを遊ぶ側であるので、映画内のロボット達と主人公の絡みの正否が、この映画自体の成否に関わってくる。結論から言うと、この取り組みは成功。成功の秘訣は主人公の高校生を中途半端にヒーローにせずに、どらえもんののび太君のようにダメ人間にしたところが大きいと思う。

▽▼ネタバレあり▽▼

男性ストリップ版ウォーターボーイズ★81点(100点満点)

 「フル・モンティ」は、Yahoo!映画によると、ヒューマンコメディーという位置づけらしい。そのカテゴリーが正しいかどうかはわからないが、正真正銘のコメディーとするには抱腹絶倒ではなく、要所要所で笑わせてくれるものの、ドラマとしてのストーリーもしっかりしていて、単にコメディーとするだけではもったいないとも言える。そこで上に男性ストリップ版「ウォーターボーイズ」と書いたように、ひとつの舞台を完成させるまでの物語なのである。基本的にこの手のコメディーは中途半端で面白くないことが多いのだが、設定が男性ストリップというキワモノのせいか、見る者を最後まで引き込む力を保っているのである。「ウォーターボーイズ」も男のシンクロというキワモノではあったが、主人公が高校生なので、リミットがかかっていた。しかし、こちらは失業中の中年男たち。しかし、そこで下品にならず、卑猥にならないのは監督の力量と出演者の演技力のおかげだろう。

▽▼ネタバレあり▽▼

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