その猥雑さがこの映画の表現したいポイント★90点(100点満点)
ちなみに鑑賞したのはUSAバージョン。コレには少し説明が必要かも。
グラインドハウスとはアメリカで60~70年代にB級低予算の暴力・ホラー・エロスで満ちた映画を数本立てで上映していた映画館の総称で、この作品はその当時の雰囲気を再現することがこの映画でのテーマになっている。その構成は「プラネット・テラー」と「デス・プルーフ」の二作品に、本物の映画予告を模してグラインドハウスの世界を再現するため作られたダミー映画予告である「マチェーテ」「ナチ親衛隊の狼女」「Don't/ドント」「感謝祭」を加えた作品群を「グラインドハウス」として公開したもの。
しかしながら様々な事情で(どうもアメリカでの興業が振るわなかったせいで)、アメリカ以外の国々では「プラネット・テラー in グラインドハウス」「デス・プルーフ in グラインドハウス」を別々の作品として公開している。しかし、クエンティン・タランティーノの好意で?、日本ではTOHOシネマズ 六本木ヒルズとTOHOシネマズ なんばの2館で8月末まで限定的にUSAバージョンバージョンとして、元々の作品のままを公開していたのが今回紹介する作品。それぞれの個々の作品は未見だが、インターネットの情報によると編集が違うらしい。
一つはフェイクの予告編の存在。なんでも「プラネット・テラー」に「マチェーテ」のフェイクの予告編が放映されるだけで、残りの予告は放映されないされないらしい。もう一つは「プラネット・テラー」「デス・プルーフ」の両作の中で、演出として「リール紛失の為」と断り書きにより意図的にカットされた部分を放映するらしい。「プラネット・テラー」では保安官の兄の店に生き残ったメンバーが集まり、ゾンビの攻撃を今まさに受けようとするところで、「デス・プルーフ」ではカート・ラッセル演じるスタントマンマイクに女性がラップダンスという、ストリップハウスで個別の客に踊る扇情的なシーンである。
ただ、このように一つの作品を分割し公開されるのには作品としての質を破壊することにならないか心配。この作品の目的はグラインドハウスの雰囲気を再現することにある。その為に映像のためにわざわざ昔の映画に良くあったフィルムの傷やノイズを後から付け加えたり、先に述べたニセの予告編までつくり、更には意図的に映画の本編を「リール消失」としてわざわざシーンを欠落をさせているのである。この作品を見れば判るがその芸は細かく、B級ぽい映画を作りながらも予算はふんだんに使っている。にも関わらず、一つの作品としての「グラインド・ハウス」が二つの作品に分割され、ニセ予告編の大部分をカットすることは、グラインドハウスの雰囲気を壊し、ただのB級映画にしてしまう行為である。それぞれの個別バージョンは観ていないので論評は避けるが、USAバージョンバージョンを観たものとしては一番気になるところである。
▽▼ネタバレあり▽▼