ハウルの動く城

ヽ(ΘДΘ)ノわーん いったい誰と闘っているんだ?★65点(100点満点)

ハウルの動く城」の作品の評価を下げたA級戦犯は二つある。一つは倍賞美津子とストーリーだろう。声の老若を気にしたことはなかったが、この作品を見るとその違いは顕著で、倍賞美津子の声はあまりに老けている。この映画の宣伝コピーの「18歳のおばあちゃん」とはよく言ったもので、この声のせいでもともとのソフィーの若さが感じられない。ソフィーの精神的な年齢がこの映画のテーマの一つなんだが、少なくとも表面的な声は若いままであって欲しかった。対して好演なのがカルシファー役の我修院達也。この映画での数少ない救いの部分。実際に見るとあまりに個性が強すぎて萎えるが、声優としての出演はマイルドでかなりいいと思う。木村拓哉は評価保留で。可もなく不可もなくが正直なところ。その役柄自体が正体不明なところがあるので、それですべて語ってしまうのは早計かもしれないので。ただ、やや棒読みっぽいところがあるのは否めない。でもどうして宮崎アニメは声優でなく俳優を使いたがるんだろ。

▽▼ネタバレあり▽▼


 もう一つの問題はストーリーと書いたが、映画を見ただけでは不明なことが多々ある。そもそもハウルはいったい誰と闘っているのか?その根本的なところが不明からして、この作品のストーリーの理解を難しくしている。二つの国の対立で戦争が起こり、それぞれの国から招請をうけているハウルは拒み続けているのは描かれている。しかし闘いに加わらないといいながら、どちらかもしくは両方と明らかに闘っているのは全くもって意味不明。基本的に、ソフィー視点で描かれていて、たまにどこかへ出かけていき、おそらくは闘ってボロボロになって戻ってくるのがパターン。それでいて、片方の国の魔法相をしている師匠のサリバンに呼ばれたときは巧みに逃げてきて、それでいてまた闘いに出かけてゆく。結局誰と闘っているのか最後まで判らず。

 宮崎アニメにはありがちなんだが、冒頭では敵だと思っていたキャラクターが、別の一面をみせて最後には仲間になったり、シャンシャンと和解して終わるパターン。宮崎アニメというよりはかつての週刊少年ジャンプのパターンみたいだけど、日本の神道的な世界観なのか、それがこの映画にも健在で、この作品に限ってはそれが裏目に出ている。とにかく仲間のキャラが後半になるにつれてどんどんと増えてゆくことになる。しかもそれらのキャラがほとんど物語城は不要で、特別な能力を発揮するわけでない。なので物語後半になるにつれて、物語の軽快さが消えてゆく。

 それらのキャラクターも最終的にはそれなりの役割を果たしてエンディングを迎えるわけだが、その終わり方も唐突。見せ場として少ない上に、どうしてこのキャラはこれだけのために登場したのか?と疑問を持たせるような展開。最後まで判らないところは判らないで終わる。結局ハウルはどうしたかったのか?何をしていたのか一切不明。総合的に見てそれなりに楽しめる作品でわあるものの、消化不良感が残る。

 途中で制作スタッフの交代劇があったらしいがその影響かな?

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ハウルの動く城

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://movie.vl0o0lv.com/mt/mt-tb.cgi/116

コメントする

はてなRSSに追加
Add to Google
My Yahoo!に追加

にほんブログ村 映画ブログへ

アーカイブ

Creative Commons License
このブログのライセンスは クリエイティブ・コモンズライセンス.
Powered by Movable Type 4.13