ハンニバル

生徒「せんせー、ハンニバルシリーズは羊たちシリーズに入りますか?」。先生「入りません」★53点(100点満点)

 「ハンニバル」の何がイケないかというと、レクターの行動が自由だからだと思う。レクターは刑務所のような制約のある場所で彼の怜悧な頭脳を駆使しながら、他の猟奇殺人犯をコントロールし更なる犯罪を犯すことに魅力がある。当然ながら殺害という行為には動物的な本能はあっても人間的な知性はなく、それをどう説明したところで、彼の知性には結びつかないのである。「羊たちの沈黙」や「レッドドラゴン」では、その直接的な殺害シーンを極力避けることによって、レクターの残忍さと知性を両立してみせることに成功したのである。しかしながらこの作品ではレクターが犯行を行うことを見せていて、単なる殺人鬼にしか見えなくなってしまっている。

▽▼ネタバレあり▽▼


 ちなみにこの作品をテレビとDVDで観たが、テレビ版ではクラリスの同僚の捜査官の頭蓋骨を切開し、生きたまま脳みそを食べるシーンがカットされていた。この最後のシーンはかなり議論になっていて、批判的な意見が多く、「羊たちの沈黙」ファンの批判をかっていた。しかしならが、おそらくは放送コードの関係だと思うがそれがカットされていて、全体の作品の印象が良くなっていたのは皮肉と言えるかも知れない。しかしながらラストの飛行機内のシーンで、隣席のこどもにレクターが食べている脳をせがまれても何を食べているか判らなく、ぼやけたラストになっていたのは致し方がないところか。ただ、頭蓋骨の切開のシーンをはじめ、グロいシーンが多いのは、このシリーズのファンなら期待していないだろう。

 Σ(ΘoΘノ)ノ ゲイリー・オールドマンがどこに出ているのかと思ったらメイスンかよ。そりゃあのメイクじゃ判らんわ。やり過ぎ感が否めない。しかしながら問題は、自分を醜い容貌にしたレクターへの復讐を誓いながら、その行為自体はほとんど自分でやったところにあると思う。レクターが切り刻んだんならその恨み判るが、のせられて自傷したのでは、なんとなく気が抜けてしまうのは仕方がないのかも。

 クラリスはジュリアン・ムーアに交代。このクラリスは悪くないが、物足りないと思った。こういってはジョディ・フォスターに申し訳ないが、ジュリアン・ムーアの方が色気があるのが原因だと思った。どこか純朴で田舎の香りがするクラリスが、都会的で知性のあふれるクラリスに変わっている。レクターにはこのような刺激の強い色気は無用で、ジョディ・フォスターの方が適役といえるだろう。

 この作品からはレクターの知性が感じられない。「ハンニバル」「ハンニバル・ライジング」は、「ハンニバルシリーズ」として「羊たちの沈黙シリーズ」とは別物と考えた方が良いだろう。

メイスンの医者に、メイスン殺害をけしかけるところが唯一「羊たちの沈黙シリーズ」のレクターだと感じた。

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空想俳人日記 - ハンニバル (2007年8月 8日 20:29)

博士どの 何言われようが 愛求めん   だいたい「羊たちの沈黙」を前提とするから、上か下かの比較になるんですのよ。「羊たちの沈黙」でジョディ・フ... 続きを読む

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