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その猥雑さがこの映画の表現したいポイント★90点(100点満点)

 ちなみに鑑賞したのはUSAバージョン。コレには少し説明が必要かも。

 グラインドハウスとはアメリカで60~70年代にB級低予算の暴力・ホラー・エロスで満ちた映画を数本立てで上映していた映画館の総称で、この作品はその当時の雰囲気を再現することがこの映画でのテーマになっている。その構成は「プラネット・テラー」と「デス・プルーフ」の二作品に、本物の映画予告を模してグラインドハウスの世界を再現するため作られたダミー映画予告である「マチェーテ」「ナチ親衛隊の狼女」「Don't/ドント」「感謝祭」を加えた作品群を「グラインドハウス」として公開したもの。

 しかしながら様々な事情で(どうもアメリカでの興業が振るわなかったせいで)、アメリカ以外の国々では「プラネット・テラー in グラインドハウス」「デス・プルーフ in グラインドハウス」を別々の作品として公開している。しかし、クエンティン・タランティーノの好意で?、日本ではTOHOシネマズ 六本木ヒルズとTOHOシネマズ なんばの2館で8月末まで限定的にUSAバージョンバージョンとして、元々の作品のままを公開していたのが今回紹介する作品。それぞれの個々の作品は未見だが、インターネットの情報によると編集が違うらしい。

一つはフェイクの予告編の存在。なんでも「プラネット・テラー」に「マチェーテ」のフェイクの予告編が放映されるだけで、残りの予告は放映されないされないらしい。もう一つは「プラネット・テラー」「デス・プルーフ」の両作の中で、演出として「リール紛失の為」と断り書きにより意図的にカットされた部分を放映するらしい。「プラネット・テラー」では保安官の兄の店に生き残ったメンバーが集まり、ゾンビの攻撃を今まさに受けようとするところで、「デス・プルーフ」ではカート・ラッセル演じるスタントマンマイクに女性がラップダンスという、ストリップハウスで個別の客に踊る扇情的なシーンである。

 ただ、このように一つの作品を分割し公開されるのには作品としての質を破壊することにならないか心配。この作品の目的はグラインドハウスの雰囲気を再現することにある。その為に映像のためにわざわざ昔の映画に良くあったフィルムの傷やノイズを後から付け加えたり、先に述べたニセの予告編までつくり、更には意図的に映画の本編を「リール消失」としてわざわざシーンを欠落をさせているのである。この作品を見れば判るがその芸は細かく、B級ぽい映画を作りながらも予算はふんだんに使っている。にも関わらず、一つの作品としての「グラインド・ハウス」が二つの作品に分割され、ニセ予告編の大部分をカットすることは、グラインドハウスの雰囲気を壊し、ただのB級映画にしてしまう行為である。それぞれの個別バージョンは観ていないので論評は避けるが、USAバージョンバージョンを観たものとしては一番気になるところである。

▽▼ネタバレあり▽▼


ロボットV.S.ロボットはある意味新鮮かも★77点(100点満点)

 もともとタカラの変身ロボット玩具で、アメリカでアニメーション化され人気になった作品の実写版である「トランスフォーマー」。まあ、僕の世代は、そんなおもちゃよりもおそらく一世代前の超合金世代。昔のヒーローモノは(いまもだが)、主人公がロボットに乗り込んで、巨大化した敵のロボットや怪獣を倒すというのが黄金パターン。当時の巨大ロボットはものすごく無骨で、いかにも超合金で作られましたというシルエットになっている。しかもどのへんがどのようにだか判らないが超合金で、トランスフォーマーほどではないが、大体頭部・胸部胴体・足にそれぞれのパーツが分かれていて、それぞれが移動しやすいように、飛行形状(たいていは頭部)のモノや、車輪が付いて陸送型のそれぞれのパーツが、現場まで自走して現場に到着後変形し合体するのが、番組の見せ場なのである。それはアニメや特撮モノの垣根を越えたパターンだった日々があった。僕も大きくなって、さすがにその手のアニメや特撮モノを見なくなってから、それらが進化したのを記憶している。それぞれのパーツに翼や車輪が付いただけだったモノが、より車や飛行機に近いモノから変形するタイプや、更に進化したものでは鳥や猛獣の形状をしたモノが、変形し巨大ロボになったのまで登場したモノを見たことがある。トランスフォーマはそれらのアニメや特撮の商品化ではなくオリジナルだが、それでもそれらの系譜に位置づけられていることは確かで、進化の過程の一つであるといえるだろう。

 そもそもロボットキャラクター玩具が先行で、アニメもこの玩具のコンセプトを尊重しているためかロボット自身が意志を持った生命体となっている。オートボット(善)とディセプティコン(悪)に分かれ闘う内容になっている。映画では人間の主人公がいるが、玩具ではもちろん人間はそれを遊ぶ側であるので、映画内のロボット達と主人公の絡みの正否が、この映画自体の成否に関わってくる。結論から言うと、この取り組みは成功。成功の秘訣は主人公の高校生を中途半端にヒーローにせずに、どらえもんののび太君のようにダメ人間にしたところが大きいと思う。

▽▼ネタバレあり▽▼


これを現在の政治状況と重ね合わせてどのように考えるか★89点(100点満点)

 911事件以降増えたのがアラブ社会を題材にしたもの。それは様々でアメリカ国内のアラブ系移民を扱った物からこの「キングダム・オブ・ヘブン」の様に、過去までさかのぼってイスラム社会とキリスト教社会の対立を描いた物まで様々。その中でこの映画は限定的な状況下で、イスラムとキリスト社会の共存に触れている、希有な作品と言えるかもしれない。監督はリドリー・スコットでさすがその辺りのバランス感覚は優れている。

 第二回十字軍を題材にしたものの、僕自身がこのあたりに詳しくないので、史実との整合性は保留。ただ、主人公は実在しないようで、いくつかの点で脚色があるらしい。ただ、大枠での歴史の流れは史実通りで、エルサレム王国の滅亡までを描いている。ただ、この映画のテーマは異文化、特にイスラム社会との共存なので、些末な部分の脚色は気にならないだろう。

▽▼ネタバレあり▽▼
 


No!no!no!nohhhhhhhh!!!!!!!!!!!!!!!!!!★90点(100点満点)

 「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」は、長かった前フリを完了し、物語のヤマを迎えることに。ただ、旧シリーズを見たことがある人にとって、結末は予想が出来るわけで、そこへの展開が果たして持ちこたえられるだけのモノかは期待をするところ。

 旧シリーズ未見の人もいることなので、詳しくは書かないが、旧シリーズに登場するキャラクターは当然この作品では 死 な な い わ け で 、逆に言えば登場しないキャラクターは死亡することが予想されるわけですな。旧シリーズをつぶさに観ていれば、かなり詳細な情報が入るはずで、映画の結末が予想できるのはこの手の作品としては痛いところ。それでいて高得点をつけたのは、予想は当然予想通りになっても、それに余りある展開を見ることが出来たのが大きいところ。

 一番の見所はやはりアナキン・スカイウォーカーがいかにして、ジェダイからシスに墜ち、ダース・ベイダーとなったかにつきる。アナキンにつきまとう自負心と焦りと被害妄想的な感情がこの作品では爆発することに。そうなるに至ってのサポートは、オビ=ワンとの関係よりも、パルパティーンとの関係が強いのが判る。この作品でのパルパティーンを演じたイアン・マクディアミッドの好演によることろが大きい。彼のアナキンをダークサイドに引き込もうとする様々な手段を巧みに演じ、それを見る者に納得させる演技は賞賛に値する。

▽▼ネタバレあり▽▼


この映画の主役はアナキン?いえいえジャンゴ・フェットです★60点(100点満点)

いよいよ物語の核心へと進む「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」。やっとこさアナキンも成長してジェダイになるべくパダワン(修行者)として師オビ=ワン・ケノービの下で行動している。新三部作のなかの中間作なので、当然結末は持ち越し。その為に作品単体で見ると物足りないのは、三部作の第二作の悲劇かな。もう一つこの作品の評価を下げているのは、アナキンとパドメの恋愛パート。物語の進行上必要とはいえ、この部分はスター・ウォーズを見に来ている観客には必要がない部分だと思う。

 もっと詳しく言えば、この作品には恋愛パート以外の部分のストーリー性が希薄だということ。のちのクローン戦争と呼ばれる戦闘が始まるのが、この作品の最も終盤と言っていい部分からで、それまではこのシリーズのメインとも言うべき戦闘らしい戦闘が僅かしかないのである。「スター・ウォーズ」を見に来て、戦争が無く、主人公がイチャついていたら観客もそりゃ怒るわ。ただ、先に書いたように、続編や旧シリーズ(エピソード1-6)に必要なシーンではあるので、忍の一字で見るしかないのかも。

▽▼ネタバレあり▽▼


前フリのための前フリのための前フリ★72点(100点満点)

 結論から言うと、この「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」は、前シリーズ「スター・ウォーズ エピソード4-6」へと繋がる「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」の前フリでしかない。もっと言うと、「スター・ウォーズ エピソード3 / シスの復讐」を作るために必要な環境作りとして「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」が必要で、それを説明するための作品と言ったらあんまりだろうか。

 別の言い方をすれば、旧シリーズ エピソード4-6はルーク・スカイウォーカーの物語であるのに対して、このエピソード1-3はルークの父であるアナキン・スカイウォーカー、ダース・ベイダーの物語である。旧シリーズを観たことある人には判るけど、ダース・ベイダーは悪の権化であって、最大のライバル関係。そのダース・ベイダーがいかにしてアナキン・スカイウォーカーを捨てダース・ベイダーになったのかが本シリーズのストーリー。

 といっても、この作品ではまだ9歳であって、物語の主人公と言うわけにもいかず、エピソード2、3や旧シリーズのエピソード4で活躍する、オビ=ワンの活躍と彼の師であるクワイ=ガン・ジンが物語の中心になる。

▽▼ネタバレあり▽▼


悪貨が良貨を駆逐する★85点(100点満点)

  こうなるのが彼の運命なのか、シルベスタ・スタローンの二大看板作品と言ったら、「ロッキー」シリーズと、この「ランボー」シリーズ。第1作はどちらも良作なのに、2作目以降は時代の要請なのか、エンターテインメント作品と成りはてて、映画マニアを落胆させたシリーズでもある。ところで「ロッキー」シリーズの最新作「ロッキ^・ザ・ファイナル」では原点復帰したのだが、なんでもこの「ランボー」シリーズも「ランボー4」の制作が決まっているとか。これもロッキーみたいに第1作の様に社会派的な作品になるのか、エンターテインメント性の強い作品になるのかは見もの。何になるんだろうね。サブタイトルは。「ランボー 怒りのテヘラン」とか「ランボー 怒りのピョンヤン」とかがオススメ(嘘

▽▼ネタバレあり▽▼


阿修羅マン怒りの面★70点(100点満点)

 パソコンゲームからの移植映画化の「トゥームレイダー」。日本ではこの手のゲームは人気がないけど、あちらでは大人気。女版インディ・ジョーンズかな。

 この映画の見せ場はアクション。ゲームさながらの軽快な動きを随所で見せて、その警戒感はこの映画の特徴。またアンジョリーナ・ジョリーの胸を強調したコスチュームやお色気シーンはゲームヲタを意識したものかも。これだけ胸を強調されると、恥じらいを持つ日本男児としては目のやり場に困るというもの。胸の強調は過度だと思うものの、作品性を壊してエロティックムービーになるほどでもなく、男性ファンにとってはうれしいもの。ただお色気とアクションをとると薄くなるのはこの手の映画の宿命か。

 ストーリーは古典的なアドベンチャーだが、現代的な要素も盛り込まれていて、随所にCGも使われている。それらの新しい映像技術も違和感なくとけ込んでいる。それらが「インディ・ジョーンズ」シリーズの時代には不可能だった、秘宝を守る石像とのアクションシーンを実現している。アクションシーンは多いもののいろいろなシュチュエーションを用意しているために飽きない。ただ、ストーリーは単調で、もう少し深みのあるモノにして欲しかった。

▽▼ネタバレあり▽▼


役者と監督が違うだけでこんなに違うかが判る見本★50点(100点満点)

 知る人ぞ知るレクターシリーズの元祖。「羊たちの沈黙 」がヒットするまえに公開され、それほど注目を浴びることなく・・・・・ でっ、今回扱うのは「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」。ストーリーはまんま「レッドドラゴン」と同じ。


「レッド・ドラゴン」のエントリーはコチラ

 たまたま観たら監督がマイケル・マンと聞いて二度ビックリ。数日前に「マイアミ・バイス」のエントリーを書いたばかりで、期せずしてマイケル・マン特集になることに。

 ストーリーは「レッド・ドラゴン」まんま。原作が同じだからそうだろうけど。違うのが冒頭で既にハンニバル・レクターが拘束されているところ。そんなわけで初めて観る人には、レクターとグラハムの関係がよく判らない。ただそれだけでなくレクター博士そのものがよく判らない。それほど深い描写もなく、サイコパスの大量殺人犯としか説明されていない。演じる役者のレクターも極めて一見普通な感じで(アンソニー・ホプキンスと比べるのは酷か)、知性も残忍さも感じられない。ただ、それぞれのキャラクター描写の濃さは、「レッド・ドラゴン」には遠く及ばず、これほど演技力の差があるのかと別の意味で参考になった作品。

 もう一つは連続殺人犯レッド・ドラゴンが、物語り途中までほとんど出てこない。物語中盤以降からでてくるのだが、彼の盲目の恋人も含めて描写自体が少なく、人間関係がよく判らない。特に盲目の恋人は「レッド・ドラゴン」でのような魅力を感じられず、結果としてレッド・ドラゴンの人間的な側面を見せることが出来ずにいる。それがキャラとしてのメリハリが無くなり、逆に狂気の部分を表現できなくしている。


▽▼ネタバレあり▽▼


てつじんー てつじんー にじゅうはちーごうー★60点(100点満点)

 ディズニーの完全子会社になったピクサーの最新作「レミーのおいしいレストラン」が、公開された。あんまりアニメは観ないけど、ピクサーとスタジオジブリは観ることにしているので映画館へ。アニメマニア向きではないストーリーなので、おっさんも安心。まあ、大人向きとは言えないけれど。今回の作品は、親会社ディズニーの看板キャラと同じネズミ!でも大幅にデフォルメされたミッキーというよりは、ほとんど現実のネズミをややアニメ化した程度のリアルな描写に。このキャラ設定がこの映画にとって致命的になるとは。

 この作品にとって最も必要なのは、主人公のネズミの可愛らしさと、作る食事の美味しさの表現。なぜならば劇中でも言及されているように、レストランでネズミは一番の天敵。あってはならないもの。それを場違いな場所に存在させる為には是非ともネズミの可愛らしさは必要で、作る食事の美味しさの表現はこの映画のテーマそのもの。でもね、それがダメ。途中で仲間のネズミ全員が厨房で料理を作るシーンがあるのだが、しょうじき ( ´;゜;ё;゜;)キモーと思ってしまったよ。ミッキーぐらいの可愛さであれば、それはなかったのだろうと思う。だけど中途半端にリアルなネズミに近づけたキャラのため(もともとネズミだからこの表現はおかしいかな・・・・)この部分が上手くいってない為に、ネズミが厨房にいることに最後まで違和感を感じた。もっと、デフォルメしたキャラでも良かったのでは?

 この作品を作るために、わざわざフランス料理の講習会まで開いたそうで。でも旨そうではないんだよね。何がっていうと難しいかも。料理そのものの美味しさって、艶だったりちょっとした質感だったり、かなり微妙な色加減だったり。そもそも難しいモノをCGで表現するのは限界があるのかも。この映画のために新しいシステムを導入したらしいけど、それでも美味しそうではない。フランス料理自体がソースがすべてで、見た目がそれほど美味しそうではないというのもあるかも・・・・

▽▼ネタバレあり▽▼


マイケル・マンの作る映画は渋すぎる★85点(100点満点)

 リアリティー原理主義な僕にとっては、このマイケル・マンは神のような存在。もうちょっと、エンターテインメント性を求めても良いのでは?と思うところもあえて我慢。と言うわけではないが、その派手さが無いところがこの監督の評価を分けるところ。この「マイアミ・バイス」もその一つ。もともとはアメリカのテレビドラマシリーズのモノ。その監督をつとめていたのがマイケル・マンで映画化で白羽の矢が立ったとか。いつものことながらテレビドラマ版は未見。でもテレビ東京で流れてるのをチラっと見たときは、テレビ版の主役2人はそれほどイケてなかった気がするけど気のせい?

 主役は「アレキサンダー」でアレキサンダーを演じたコリン・ファレルと「ドリームガールズ」や同じマイケル・マン監督の「コラテラル」が出世作になったジェイミー・フォックス。コリン・ファレルは「アレキサンダー」では頼りなかったが、本作では一線の覆面捜査官。ジェイミー・フォックスも「コラテラル」では主役のトム・クルーズがダメすぎな作品の中で奮闘してたけど、その甲斐があってか本作では主役の1人に。

▽▼ネタバレあり▽▼


この作品のためにエピソード1~3があるようなもの★94点(100点満点)

 スター・ウォーズファンにとって、エピソード1~3は賛否両論だが、一ついえるのはこの「スター・ウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還 特別編」の為に存在するような作品であると言うこと。レビューは別の機会として、エピソード1,2はエピソード3の為に、エピソード3はこの作品のために作られたと言ってしまっても過言ではないかも。

 特撮は更に進化したモノになっている。特にラスト宇宙空間での艦隊戦はCG以前の時代のモノだと考えると驚愕に値する。しかも、地上での攻撃もあわせて二元中継、さらにはそれを遠くから眺めるようなルーク達のシーンはSFというだけでなく、ドラマとしても高いクオリティーを持ち合わせている。

▽▼ネタバレあり▽▼


そういえば、宮沢元首相も亡くなったな★90点(100点満点)

 「スター・ウォーズ 新たなる希望」のヒットによって制作が決まった「スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲 特別編」。見るからに予算も大幅アップですな。キャストもそのまま。

 この頃から、ジェダイやフォースというものがより詳細に描かれはじめ、物語の中の重要なシーンを占めてくる。この頃(エピソード4~6)のジェダイはまだ普通の人よりもやや特殊な能力があるのに留まっている。また、「エピソード4」の中でのハン・ソロのフォースに対する否定的な態度は、ジェダイの影響力の衰退を示しているが、この旧シリーズではルークが一人前のジェダイではないと言うのもあるがエピソード1~3のジェダイの強さの鬼畜すぎる能力は持っていない。旧スターウォーズファンからすると新シリーズのジェダイの能力はやりすぎの印象がある。この時のジェダイはある程度のリアリティーを保っていて、逆にその存在感を引き立たせていると思う。超人的なジェダイの2人が派手に敵基地に侵入してバッタバッタと敵をなぎ倒したところで現実感もなく、見るモノをただの空想SFドラマだと客観的に作品を観させることになる。

▽▼ネタバレあり▽▼


コーホーコーホー★97点(100点満点)

 一応の目安として、年に数個のはずの★★★★★評価を、年に2~3しか出さないと宣言したのに、結構でてるじゃん!ってお思いのあなた。正解です。でも、年に2~3というのはその年に公開された作品に対してであって、過去に公開された作品はもちろん別。つまりは、名作と呼ばれる映画を紹介し続ければ、理論的にどんどんと★★★★★の作品が増えるです。でも、どうせ紹介するならおもしろい作品でしょ。つまんない作品を紹介しても、地雷よけでしかないわけで。でもブログ的にはそんな地雷作品の方が書きやすかったり。で、おもしろい作品を量産と考えると名作シリーズのこれ「スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望 特別編」。特別編というのは「スター・ウォーズ エピソードI ファントム・メナス」の公開前にして、旧作品の今でいうエピソード4~6をデジタル化して画像補整し、新しいシーンを加えたモノ。旧作品とは若干雰囲気の変わった作品になっている。

 この作品はスターウォーズシリーズの劇場公開の第一弾。最近の「エピソード1」が公開されるまで、「エピソード4」の表記はなく、ましてや「スターウォーズ帝国の逆襲」が公開されるまでは、「新たなる希望」の表記もなかった。時系列的にはこのエピソード4~6はエピソード1~3の後になるが、公開は先。もし、スターウォーズシリーズを全く見たことがないという人がいたら、このエピソード4から見ることをお勧め。

 特撮はもちろんCGなどない時代。それを考えると、この映画を作ることがいかに大変だか判るというもの。すべてにおいてこの映画は斬新。キャラクターやマシン、艦艇などのデザインは無機的で今見ても斬新。とても30年前の作品には見えない。それ以降のSF映画が似たようなスタイルになったり、映画以外の分野へも多大な影響を与えたことを考えると、映画史上もっとも評価すべき作品の一つだとおもう。

▽▼ネタバレあり▽▼


魔法界の大谷政子ホグワーツに君臨す★62点(100点満点)

 なんか、ハリーの首がやけに太くないか?ラグビーでもやっているのか!劇中で突っ込まれるくらい顔が痩せたので余計に太く見えるんだよね。もう5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」にもなって、作品ごとに大きくなったと書くのは飽きたけど、久々に登場のマグル(人間界)のハリーの従兄弟ダドリーの変貌には驚き、最初誰だか判らなかったよ。

 今回、大活躍するのが、一癖ある教師ばっかりが赴任する「闇の魔術に対する防衛術」の新任教師アンブリッジ。このおばちゃんが、大谷政子バリのピンキー。大谷政子が判らないヤングはググって。でもあんまり情報ないね。たしかテイジンの会長かなんかの婦人で故人。生前は全身ピンクの洋服を身につけ、メディアに出てたんだよね。その時点で無くなっていた旦那を「お父ちゃん」って呼んで場をかき混ぜて大騒ぎ。デヴィ夫人をピンクにして笑い袋を足した感じの人。そんな大谷政子に負けじと全身ピンクのドレスに身を包んだ、アンブリッジが魔法省から送られて、ホグワーツを統率しようとするんですな。

▽▼ネタバレあり▽▼


本作のハリーは14歳らしい。一応念のために。★55点(100点満点)

 前作「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の後半からヴォルデモート編とも言うべき、最終決戦への物語が始まることになるが、それは序章にすぎない。本作「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」では、一見して三大魔法学校対抗試合が物語のメインストーリーのように思えるが、これはあくまでもヴォルデモート編の舞台を用意するための環境作りであって、本筋ではないと言っても過言ではないかも。

 前作で既になくなりつつあった子供向け魔法ファンタジーの雰囲気はこの作品では霧消している。代わって覆っているのが暗い重苦しい雰囲気。この作品ではハリーの周囲からの孤立と愛との間の葛藤を一つのテーマにしている。その為か三大魔法学校対抗試合での他校との交流を通じて、レギュラー人物内だけでない幅広い恋愛劇を作ろうとしているが成功していない。そもそもどこまで本気でその部分を描こうとしたかは不明だが、成就しているわけでもないで、余計に冗長に感じた。原作は未読だが、原作者が愛について各といったコメントだけは記憶している。だったらこの部分は青少年の通過儀礼的なものであって、ストーリー上それほど重要でないと思う。

▽▼ネタバレあり▽▼


m9 ΘoΘ)本作のハーマイオニーがかわいくないと思ったあなたは、真性のロリコンです★92点(100点満点)

 第5作まで観てこの「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」が一番良い出来ではないかと思う。1.2作とは監督とは監督が交代し、新しい作風になっている。かといってすべて変更というわけではなく、良い部分はそのまま引き続き、悪い部分はバッサリ切っている。クィディッチとか。

 まず見て驚くのがハリー達が成長していること。まあ育ち盛りの伸び盛りだし。ハリーだけでなく子供達は全員でっかくなったちゃった。前作から2年だから、当然と言えば当然だが、第一作と第二作の間でほとんど変化がなかっただけに、おじさんちょっとビックリ。このまま行くと最終話が上映される頃には中年になっているかも。冗談はさておき、成長が著しいのは確か。それと関係があるのかないのか、全作までのファンタジー少年学園モノの作風から、やや大人びた高校学園モノくらいまでに発展している。

 もう一つ大人向けになった理由は、このシリーズから完結に向けた、あえていうならヴォルデモート編とも言えるような連続シリーズが始まっていること。シリーズで重要であろうシリウス・ブラックなどが本作から出てくることになる。これらの関係は押さえておかないと、後のシリーズを見るときに訳がわからなくなる可能性があるので、注意して見られたし。

▽▼ネタバレあり▽▼


小さいハリーが観られるのはこの作品まで★65点(100点満点)

 他の続編を観た後だと、正統派の続編といえる「ハリー・ポッターと秘密の部屋」。前作の「ハリー・ポッターと賢者の石」は顔見せの色合いが濃かったけど、今回はよりホグワーツの世界を楽しめる作りになっている。基本的な世界観や演出は前作を完全に踏襲しているので、前作のファンなら安心して楽しめる。ただ、ハリーの声変わりが始まっているような気が・・・・・

 ハリー・ポッターのお決まりの魔法や不思議なアイテム、不思議なクリーチャーなども健在。前作よりもより深く、ホグワーツの世界を堪能できる。また、仲間についての描写も前作よりも詳細になされていて、ハリ、ロン、ハーマイオニーの三人組以外の描写も濃くなった。一作目から濃くすると混乱するからね。これくらいが丁度良いかも。

▽▼ネタバレあり▽▼


まだまだ初々しかったハリー達・・・・★75点(100点満点)

 原作本は未読。これからも読むことはないかな。映画について書く前に念のために。

 生活保護を受けていたJ・K・ローリングが、ヒットとともに英国一の大金持ちになったという、そっちの方が魔法じゃ!という汚れた大人の意見は置いておいて、児童文学ながら大人にも根強いファンがいる、ハリーポッターシリーズの第一弾「ハリー・ポッターと賢者の石」。見てみてびっくり。ワーナーのこれを是非とも対策にしようという意気込みが随所に現れてる。通常どの作品でも1作目の興業結果によって、2作目の制作が決まって予算が増えることになる。そうすると内容は別にしても、見た目だけはより豪華になる。しかしながらこの2作目は、2作目になってもそれほど大きい変化はない。既に原作で世界観が出来上がっていたというのが大きな理由。あとから付け加えた人物設定やセット、様式などの世界観が既に一作目から出来ていることが大きい。もう一つの理由は、それだけこの作品に掛ける意気込みがすごかったということ。細部にわたってキメの細かい映像を観ることが出来る。

 この映画はイギリス原作のハリウッド制作で、原作の世界観を残そうとしたせいか、イギリス的な世界観を残すことになっている。大きなところでは格差社会を如実に現したところ。日本で格差社会が叫ばれて久しいけれど、やはり欧米のそれには遠く及ばない。アメリカは格差社会とは言っても、人種的なモノを除いては後天的な結果によるものとの認識が強いと思う。だけど、イギリスでは持って生まれた血統的な特徴が色濃く残っているんですな。それがこの映画では「魔法族」や「マグル(非魔法族)」として登場する。

▽▼ネタバレあり▽▼


渋い名優を揃えた渋い名作★82点(100点満点)

 よくよく見ると名優揃いの作品「ロード・トゥ・パーディション」。最初に観た当時は、トム・ハンクスとポールニューマンしか気がつかなかったけど、よくよく観るとジュード・ロウ。更に驚きなのが「007 カジノ・ロワイヤル」で、新ジェームス・ボンドになったダニエル・グレイクがマフィアのボスのダメ息子役。ダニエル・グレイクの役へのハマり方はすごいね。007では観られない軽薄なボスの息子の役の演技がぴたりとハマる。とても同一人物には思えない。

 ポール・ニューマンは良いけどマフィアのボスとしてはどうかな。顔つきが優しいし、貫禄はあっても気迫がない。トム・ハンクスはいつもの感じ。この人上手いんだけど、あまり好きではない役者の1人かな。「レッド・ドラゴン」のエントリーで書いた、エドワード・ノートンと同じ理由。この人が出るとトム・ハンクスワールドになるから。だけど、この映画ではやはり「レッド・ドラゴン」の時と同じ理由で受け入れられた。脇を固めるのが名優揃いなので、他の役者との調和がとれている。ジュード・ロウも二枚目ながら、自分が殺した死体の写真を撮るという、ややサイコの入った刺客役で登場している。途中ハゲヅラまで店ながら好演。ネチっこく主人公に迫っていくやり方は恐怖を感じる。


▽▼ネタバレあり▽▼


ロビン・ウィリアムズの人の良さそうな顔はそれだけで、かなり得をしてそう★72点(100点満点)

 記憶では「ジュラシック・パーク」で本格的なCGを導入した衝撃の余波が、この「ジュマンジ」をつくったといった感じ。CG時代の夜明けの時代の作品ですな。それだけにまだ映像も完璧とは言えない部分があって、この作品でもCGで作った映像のの荒さを感じる。動きはややぎこちがない。しかしながらそれ以降のCGの可能性を示した、貴重な一歩だったと思う。

 この作品では、良いお父さん(に見える)ロビン・ウイリアムズが主人公。良いお父さんキャラを嫌って「ストーカー 」や「インソムニア」では悪役に挑戦しているけど、やっぱり良い人キャラの方が似合っている気がする。またスパイダーマンのヒロインの若き日(若すぎw)のキルステン・ダンストも出演している。結構ハッキリと面影が残っている。だけど、この、キャスティングは微妙。若い女の子(年頃)が出てこない・・・普段はなんでもロマンスを持ち込むなと言っているけど、いざ出てこないと物足りないね。別に恋愛シーン入れなくても良いけどw。

▽▼ネタバレあり▽▼


いっそのことシュレックの声優を陣内智則にしてみたら★65点(100点満点)

 なんでも前作、「シュレック 2」はものすごい興行成績をたたき出したとかで、この「シュレック 3」が制作されている時点で、「シュレック4」の制作まで決まっているとか。そんな安易なことで良いのかと、この「シュレック3」を観て思ってしまった。CGは金がかかると言うけれど、ハリウッド俳優の高額ギャラと比べたらそうでもないのかな。いまやどの映画を観てもCGで、逆にフルCGアニメの方が安いのかな。関係ないのにそんな皮算用。

 気になったのが、とにかくキャラが増えたこと。1,2からのキャラはほぼ残留。シュレック、フィオナ、ドンキーはもちろん、王・王妃、にピノキオ・クッキーマンをはじめとしたシュレックを助ける脇役、今回は更に白雪姫や眠れる森の美女も本格参戦、更に敵側はチャーミング王子とそれを助ける寓話の悪役達。さらに今回はアーサーとマリーンも加わるから、そりゃもう大騒ぎ。今回でないのは妖精のゴッドマザーくらいでは。これだけ多いとお銀や飛び猿がく加わった水戸黄門一行や、ベジータ達が加わったドラゴンボールの悟空達のようで、もはや身動きするのも大変だ。

 実写ではキャストやセットを豪華にすれば観客は満足するが、この手のアニメだとそうはいかない。映像は元からクオリティーが高いが、1=>2の様な映像技術の発展も期待できない。2ではチャーミング王子のサラサラヘアの映像が一つのウリだったが、もはや期待できないので、本来なら濃密なストーリーにゆくべきところ。だがこの3では肝心のストーリーが前作までと比べてレベルダウンと言わざるをえない。

▽▼ネタバレあり▽▼


 


どーうするー ア○フルー★85点(100点満点)

 フルCGアニメ界に新風を吹き込んだ前作「シュレック」に続いて公開された「シュレック 2」。前作の続編で、前作終了の直後から物語が始まるので、前作未見の人は前作から観るべし。

 続編だけあってそれぞれのキャラの性格づけが確立している。前回は脇役だったおとぎ話のキャラクターが、今回はシュレックをかげひなたに助けるまでに成長している。それらのキャラクターが良い味が出ているのがこの作品の成功の素。個人的にクッキーマンとピノキオはツボ。新キャラクターの長靴をはいたネコのその必殺技(ここではヒミツ)は必見。ややウザめのドンキーへのほどよい中和剤になっている。

 特に今回は、実はパート1の話の裏で、フィオナ姫救出をシュレックに先を越されていたというチャーミング王子が登場。母親の妖精のゴッドマザーとともにパート1の裏話的な展開も堪能できる。このチャーミング王子のいやらしさも計算し尽くされていて、サラサラな髪をなびかせるシーンも、そのイヤミな性格に花を添えている。チャーミング王子、ハンカチ王子、はにかみ王子。なっなんでもない独り言。
 
▽▼ネタバレあり▽▼
 


ニコちゃん大魔王現る★75点(100点満点)

 おそらく歴代映画の主人公の中で一番醜いのがこの「シュレック」だろう。妙にオッサン臭いんだよね。むかしテレビゲームで話題になったシーマン並のインパクトがある。今風に言えばキモカワイイ。

 この映画は、昔からある物語の「決まり事」を逆手にとって徹底的にネタにし、笑いに転化していくのがスタイル。そんな餌食になったのが、おとぎ話の主人公達。誰もが知っているおとぎ話がモチーフになっている。それだけに個々のキャラの存在感は抜群。ピノキオとか三匹の子豚とか、その役回りに何ら説明がいらず、こんな使い方があったのかと感動もひとしお。それぞれの童話の主人公級の「役者」たちが集まり、ボケ役に徹するのだから面白くないはずがない。もう一つの楽しみと言えば、名作映画のパクリをモチーフにしたシーン。これらを散りばめている為に、何気ないシーンにも新風を吹き込んでいる。

▽▼ネタバレあり▽▼


生徒「せんせー、ハンニバルシリーズは羊たちシリーズに入りますか?」。先生「入りません」★53点(100点満点)

 「ハンニバル」の何がイケないかというと、レクターの行動が自由だからだと思う。レクターは刑務所のような制約のある場所で彼の怜悧な頭脳を駆使しながら、他の猟奇殺人犯をコントロールし更なる犯罪を犯すことに魅力がある。当然ながら殺害という行為には動物的な本能はあっても人間的な知性はなく、それをどう説明したところで、彼の知性には結びつかないのである。「羊たちの沈黙」や「レッドドラゴン」では、その直接的な殺害シーンを極力避けることによって、レクターの残忍さと知性を両立してみせることに成功したのである。しかしながらこの作品ではレクターが犯行を行うことを見せていて、単なる殺人鬼にしか見えなくなってしまっている。

▽▼ネタバレあり▽▼


ダイ・ハード4として企画して作られたらしいがどの辺が?★30点(100点満点)

 「ダイ・ハード4.0」の公開にあわせてか、続々と、ブルース・ウイルス出演作品が放映される今日この頃。その恩恵にあずかるこのブログはある意味勝ち組。シリーズとか監督とか出演俳優で映画を掘り下げて観てみるのも一興。

 そうしてみるとブルース・ウイルスは個性の強い俳優ですな。正義感はあるモノの、妙に気が抜けていて、なかなか死なないw 今回の「ティアーズ・オブ・ザ・サン」もそんなカテゴリーに加えられる映画かな。

 ネットで仕入れた情報によると、この作品は元々ダイ・ハード4として企画されたモノらしいがどの辺が?それっぽいのがブルース・ウイルス主演というのと上司に必ずしも従順でないことくらいな気が。ダイ・ハードシリーズとの共通点って、見終わった今でもほとんど皆無なんだよね。そもそもこれは戦場だし。作品としては微妙。楽しめるのは最初の30分だけ。あとは盛り上がりの欠いた状況が続く。

▽▼ネタバレあり▽▼


アンソニー・ホプキンスとエドワード・ノートンのガチンコ対決★93点(100点満点)

 エドワード・ノートンという役者はあまり好きでない。演技が上手いんだが、過剰演技というかあまりに突出しすぎて作品全体のバランスを壊していることが多々あるので。しかしながらこの「レッドドラゴン」では、アンソニー・ホプキンスという相方がいるためバランスも保たれ、作品としてかなりのレベルを保っていると思う。「羊たちの沈黙」のジョディー・フォスターとはまた違った世界観を作り出している。

 この作品は時系列で言えば「羊たちの沈黙」の前、「ハンニバル・ライジング」の後。ラストシーンで「羊たちの沈黙」のクラリスとおぼしき面会者が訪ねてくるなど、シリーズの中で「羊たちの沈黙」との関連性が高い。キャストもグラハム(エドワード・ノートン)の上司のクロフォード(ハーヴェイ・カイテル)が変わったものの、チルトン博士(アンソニー・ヒールド)が引き継いでいる(と言っても共通のキャストはそれくらいだが)。

 このクロフォードのキャストの変更は疑問。「羊たちの沈黙」のスコット・グレンは線が細く、まさにプロファイラーといった雰囲気だったのだが、新クロフォードはまさにFBIの上司といったタフな役柄になっている。これはグラハムのキャラクターとのバランスを考えた結果とも言えるが、あの独特な雰囲気が好きだったモノにとって、普通の上司になったクロフォードという役柄は魅力半減だ(クロフォードファンがそういるとは思えないが)。

 ただ、その他の俳優陣はホプキンス&ノートンに引けを取らないほど強力だ。ダラハイム/レッド・ドラゴン役の(レイフ・ファインズ)もさることながら、その同僚で盲目の恋人役のマクレーン(エミリー・ワトソン)は、盲目の演技もさることながら、猟奇殺人犯の気を引く女性としての魅力もたっぷり。

▽▼ネタバレあり▽▼


二度観たら意外と良い映画★65点(100点満点)

 「シックス・センス」を初めて観たときは、そのオチの印象が強すぎて駄作だと感じてしまったのが正直なところ。テレビ放映されていたのを機に二度目を、オチを踏まえつつ観たら意外と良くできた映画だと感心した次第。二度観て面白いと感じる映画って少ないが、一度目がつまらなくて二度観たら面白く感じる映画は稀ですな。そう言った意味では貴重な作品。ただ、M・ナイト・シャマラン監督はこの手のオチが多いので、ややワンパターンに感じることは確か。そう言った意味ではこの映画はシャマラン映画の原点ですな。

  この映画はブルース・ウィリスとハーレイ・ジョエル・オスメントのダブル主役だが、オスメント君なしではあり得ない映画ではある。この人のやや悲しそうな顔立ちが、この映画での演じる死んだ人が見える少年の役柄がピッタリ。対してブルース・ウイルスは珍しく知的な精神科医という役柄で応じている。


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超デラックス版海猿★67点(100点満点)

 面白そうと思っても、その「守護神」というタイトルで見に行かなかった作品。なんで「神」なのか?原題が「The Gurdian」で、「神」が付くのは不自然な気がした。でも最後まで観て納得。

 「『海猿 ウミザル』のパクリだ!」という議論があったとか。確かに似てますわ。結論から言うと僕はこれはクロだと思う。全体的に似ているのまではわかる。もし、沿岸警備隊の救難チームの映画を作ろうとしたら、同じような発想が浮かぶだろうから。だけど、いくつかのシーンでは「海猿 ウミザル」に酷似している。これらは観ないと判らない部分で。一つならまだしもいくつかあると、クロだと言わざるを得ない。

▽▼ネタバレあり▽